5年間ずっと工藤遥を推してきた人が「THE INSPIRATION!」を観て思ったこと

自分の「推し」は工藤遥だ。少なくとも2012年7月から今日のモーニング娘。'17春ツアー「THE INSPIRATION!」日本武道館公演に至るまでの約5年間にわたってそれは変わらない。その間、道重さゆみさんの人間力に屈服し、宮本佳林さんを見て「キャワワ〜!」と声をあげたことも一度や二度ではなく、田村芽実さん(マリーゴールド)の「もう泣かないと決めた」を聴いて何度も立ち上がったものだが、それでも自分の「推し」が工藤遥だということに変わりはない。

 

推し」という言葉の定義はそれぞれだし、またそうあるべきだと思う。だからこれは個人的な話になるのだが、自分にとって「推す」という行為はある種の契約である。「好き」や「可愛い」といった感情の話とは違うジャンルにある。自分にとっては主語や主観をあなたに委ねますという契約が「推す」という行為であり、それは理屈を超えた倫理を信じてみるという精神的実践でもある。極端に言えば「推し」がカラスを白いと言えば白いと信じ、「推し」が白鷺を黒いと言えばそれは黒い。ぼくの中で「推し」というのは、そういった存在である。

 

工藤遥を「推す」と決めたのは、2012年7月のことだ。モーニング娘。にとって50枚目のシングル「ONE・TWO・THREE」のリリースに合わせたプロフィール映像。これが自分にとってのひとつの転機だった。このときまだ12歳の工藤遥は、ぼくがそれまでの人生で抱えるようになった常識を粉々にした。アインシュタインは「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである」と喝破したが、自分がいつの間にかすっかり大人になってしまっていることを、ぼくは工藤遥から教わったのだ。

 

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「将来の夢」が何かと問われて「FBI捜査官」と答えるモーニング娘。のメンバーはたぶんこれまでいなかったし、これから先もいないだろう。しかも答える前に「これ、ちょっとどうしようかな……。いいですか?」と、答えをためているのだ。さらにその理由は「ドラマやアニメで探偵ものの作品を見ていて、自分だったら解決出来てる気がしてしょうがない」のだと言う。そこから「FBI捜査官」へ繋がる短絡さは尋常ではない。ぼくはこのとき30歳も過ぎていたが、これを見て決めたのだ。ああ、俺は工藤遥推して生きていこう、と。

 

「THE INSPIRATION!」の春ツアーは、だから自分にとっての「推し」が卒業を表明してから初めての舞台だった。工藤遥を観て泣いてしまうのかなと思えばそうでもなく、小田さくらの妖艶さに度肝を抜かれ、野中美希の成長ぶりに感動し、横山玲奈の笑顔に救われる思いがした。要は、いつものモーニング娘。のコンサートだった。いつものように、普通に特別な景色がそこにはあった。

 

だけどよく考えれば、ぼくにとってそれはいつものモーニング娘。のコンサートではない。工藤遥のことばかり見て、歌割りが増えたとか、ちゃんと歌えてるぞとか、ダンスも悪くないなとか、またすごい汗をかいてるなとか、モニターで抜かれたときに八重歯がちゃんと写ってるかなとか、やっぱりこの人の客アオリは抜群だなとか、いままーちゃんと目が合ったなとか、相変わらず太ももが白いなとか、総じてこの人はいつだって一所懸命なんだよなとか、それがぼくにとってのいつものモーニング娘。のコンサートだった。5年間、ずっとそうやって、モーニング娘。を観てきたのだ。今日はそれが出来なかった。これからって時にモーニング娘。を卒業するんだって、勝手にしろよという、そんな醜い気持ちがなかったと言えばそれは嘘になるだろう。大好きだからこそ、嫌いになろうとしてしまう。愚かなことだ。そうやってみすみす手放してきたものが、人生でいくつあるだろう。どうせなら、これからもずっと、好きでいたいだけなのに。

 

モーニング娘。工藤遥をずっと推してきた。それはぼくにとってちょっとした誇りだ。だけどそんな思いは、彼女にとってはただの他人のエゴだ。そう思ってほしいし、そう思われたい。誰かの理想のもとの中で生きるなんてのは、工藤遥らしくないのだ。あらゆる常識を蹴っ飛ばして、ガハハと笑いながら自分の選んだ道を生きていくのが、工藤遥だ。そんな男の子みたいな女の子を、ぼくはこの5年間、正しく推してきたのだ。

 

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くるり「男の子と女の子」

 

小学生くらいの男の子

世界のどこまでも飛んでゆけよ

ロックンローラーになれよ

欲望を止めるなよ

コンクリートなんかかち割ってしまえよ

かち割ってしまえよ

 

 

前田日明は「1年半UWFとしてやってきたことが何であるか確かめに来ました」とかつて語った。今日、日本武道館でぼくは「5年間、工藤遥推してきたことが何であるか確かめに来ました」と思っていた。その答えを言葉にするのはまだ早い。それでもこの5年間、工藤遥推してきたことは間違いではなかったと、100年後にもそう言える自信だけは確かにある。